🎃ヨモツンヘイムの路地裏で・・・щ

沸き上がる愚考と妄執、怨念、劣情にまみれた悪霊達が綴る邪悪でホラーなブログです。👻心のキレイな方も歓迎致します。ただしあなたの魂は徐々に汚れて行きますので自己責任(良い言葉だなあ😈)で御覧下さいヒヒヒヒ・・・・・ヾ(゚д゚)ノ

フェミニストを主人公にしてみたい。

 フェミニストをありのままに描いた作品は今のところ無い。女流作家が書いた漫画の幾つかはフェミニストのフレーバーをちりばめているが今一つリアルなフェミニストではない。というよりジェンダーの啓蒙作品はあってもフェミニストそのものを掘り下げた作品はみかけない。
 私が求めているのはフェミニストがフェミニストのまま大活躍する飾らない冒険活劇。
 レス/狩る女、という作品のヒロインが限りなくイメージに近いが現実のフェミニストが持つ人間味が描かれていない。
 フェミニストとは何なのか?その考察が足りていない。
 フェミニスト女を掘り下げるに当たってやはり男女の生まれつきの違いに言及するしかない。

 ・男を男たらしめているのは公的で社会的なモノの考え方でこれはバカでも持っている。その代わり身の回りの事が疎かになりやすい。(環境によって私的なモノの見方が出来るようになる)嘘をつくときは公的、社会的なモノを絡めがちなのでバレやすい。
 ・女を女たらしめているのは私的なモノの考え方で身の回りの事を優先させる。(IQが高ければ補正で公的なモノの見方が出来る個体もいる)嘘をつくときは私的な範囲内の内容になるのでバレにくい。

 フェミニストは「フェミニズムは一人一派、百人百色」という名言が表す通り、私的にしかモノを見られない女性的な女性の筆頭なのでまずここをクリアしていないとならない。
 つまり女性が護られている環境だからこそ死なずに済んでいる状態なのだけど理解が出来ず決めつけと被害妄想で攻撃するのがフェミニストのフェミニストらしい特性の一つ。
 そしてそれがキャラクターに奥行きを与えるファクターでもある。
 
 主人公が複数いる物語の中に一人こういう人物がいるだけで明るくなる。

 ただこれが男のフェミニスト(フェミオス)や、ミソジニストやマスキュリストだとキャラクターの厚みにはならない。
 笑い話じゃ済まないからだ。フェミニスト特有の勘違いの仕方、つまり女性的な勘違いの仕方だからこそ場が和むのだ。邪悪なサザエさんがいたとして暗い物語にはならない。
邪悪なマスオさんがいたらそれは怖い物語になる。
 女性的なそそっかしさ、認知の歪みは創作物の世界において暖かさに変わる。

 現存するフェミニスト漫画と言うのは無理やり美化しすぎて寧ろ薄っぺらで醜悪なプロパガンダ本になっていて、あれを鵜呑みにした少女達が実際のフェミニストを見たら男性による抑圧云々の話よりも「だまされた、利用された」という不快な思いと苛立ちを覚えてしまうが、

 最初からフェミ女さんの欠点を隠さず魅力として全面に押し出せば、お坊っちゃまくんやタルルートくん、ドラえもんみたいな国民的キャラクターに化けるような気がする。

 ・フェミ女さんはわりと富裕層出身

 男女問わずつらい環境で差別されながら育った人達にはある種の卑屈さや相手の辛さを感じる能力、共感性があるが、フェミ女さんにはそれがない。というより私の知ってる範囲においてフェミ女さんは両親や社会から猫可愛がりで育てられている。何でも欲しいものは買って貰えたし、自分が主役になる為に他の兄弟姉妹を噛ませ犬として与えられていたり、
 いわゆる「貴族」として育てられて成人してから庶民の世界へ放り出されたような人物。
 そんな中で「私達女性は家父長制度の呪縛、男性中心社会のせいで抑圧されている❗今こそ権利を取り戻そう❗クソオスに正義の鉄槌を」とアジる団体に遭遇し彼女は目覚めてゆく。

 スーパーヒーローフェミ女マンに。 
 といった感じでそもそも産まれた時から庶民感覚が解っておらず、社会に出て、それまでの境遇より低くなってしまったことを男性による抑圧、と解釈して正義に燃えている。

 

 と、言うわけでよく男性の言う
「フェミニストはブスで男にモテないから拗らせてる」というのとはいささか違うんじゃないかと思われる。そうじゃなくて、今まで何でも望むモノは手に入れて来たのにある日突然それが出来なくなり、理由を探しているうちに
「男性による抑圧」を発見したのだ。

 ・フェミ女さんの人格コア

 消費者。そもそも女性の人権というか各種優遇措置だが男性側が自分達のリソースを分け与えて協力しているから成り立っているのに、男性が困った時には「それは男性の問題でしょ? 何で私達女が手を貸さなきゃなんないの?w 自分達の事なんだから自分達で人権運動すれば良いじゃない❗私達はそれをやったことで当然の権利を獲得した❗」
 等と協力を渋るのである。
 ただ、これは西洋の民主主義的には間違った主張ではない。西洋では自分のワガママを通し相手に負担を押し付けるか、相手からワガママを通されて負担を押し付けられるか?の闘争の社会システムだから。つまり消費者マインド。
 共同体の利益より自分一人の利益を最大化するために嘘八百を並べたり同情を引こうとする。

 これもキャラクターとして立たせる為の重要なファクターとなる。

 こんなフェミニストがたまたま異世界からの力を手にいれ、はからずも世界的な悪人達を成敗してみたり、へんてこりんな理屈でみんなに迷惑をかけてみたりするジェンダーバトルコメディ。
 ここで重要なのはフェミニストの主人公は何があっても折れないし成長もしないところ。ちょっとメロドラマみたいになっても上から目線と相手を舐め腐ったような態度のままで、次週には元に戻っている、というのが望ましい。


フェミ女は引かぬ、媚びぬ、省みぬ!😱

 だからヒーローに向いている。

 最近、少女を誘拐して大人のビデオ撮影をしていた組織を右翼団体が街宣車で攻撃しまくる動画を観たけれど、非常にカッコ良かったのを覚えている。フェミニストがもしも男性差別のつもりで破壊工作を掛けた相手が凶悪犯罪のシンジケートだったら・・・。
 フェミニストはどう立ち回るのか?


 ・日本のフェミニストは共産スパイと関係が?
 フェミ女さんが何処でどんな人から講習を受けるのか? どんな政党を応援しているのか? またそれを煽っている出版業界やテレビ局の背後関係を見るまでもなく。
 スパイと関わりがある、という時点でもう立派なラノベ向けキャラクターです。

 ・心の病

 フェミニストの本当の悩みは女性の人権云々ではなくて、父性の不在により自分を律する事、思いやりや責任というのを学べずに生きてきたこと。代わりに個人主義や自己正当化等という闘争を教え込まれてきたこと。
 彼女達に必要なのは間違えた時にビンタしてくれる厳しく優しい男性。

 ・マスコットキャラクターに不可欠な要素

 ピカチュウ、クレヨンしんちゃん、お坊っちゃまくん等に共通しているのは、設定は複雑なのに解りやすいキャラクター。

 フェミニストが気に入らないやつらに吐く暴言の中身に注目。フェミニストは常に自己紹介をしている。初対面の相手に投げ掛ける心理分析っぽいのは実は自身のプロフィールを説明しているのだ。
 もし身近にフェミ女さんがいたら観察してみて欲しい。彼女達は問いかけに答えているのではなく自分自身の特徴や思想を一生懸命、相手に投影している。そのためフェミニストが投げ掛けてきた言葉をどんどんオウム返しにしてみれば急にハッとした顔でこういうだろう。

 「な、何であなたは私の秘密をしっているの?」


 フェミニストは強烈な個性を持っているので創作物に出すならかなり魅力的なキャラクターとなる。

科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日誌 6 (チャンピオンREDコミックス)
 そしてフェミニストの名誉の為に言うがフェミニストの主張で世の中がボロボロになっているのではない、ということ。
 ワガママを言っている子供を想像してみよう。フェミ「あのお砂場で遊びたい❗パパあいつら追い出して奪い取って」、フェミ「このお砂場はわたしが実力で奪ったの!そんなに欲しいなら親にねだれば?わっちはそうしたよ⁉️」 
 つまり、フェミ女さんの内面を見ずに言葉を額面通りに受け取ってしまうリテラシーのない日本人と、それを口実に政府が本来救われる筈の弱者(被虐待児童など)の為のリソースや国防費用などを「女性の人権」という一体どこの女性の人権なのかわからない輩に浪費して世の中をボロボロにしているのが問題だということ。 フェミニストは親から躾をされてこなかった幼稚な子供がそのまま大人になってしまった存在。
  
 そして、この国は女の扱い方が絶望的に下手くそだ。まるで童貞男みたいな接し方をする。
 女の良さも悪さも何も解ってないからひたすら甘やかしてお茶を濁す今の状況があるんじゃないかと思う。(国のシンクタンクがスパイに乗っ取られてるのでなければ)
 国産フェミニズム運動で女性枠を設けたり、各種女性専用のケアやサービスを男性側の全面的な協力で実現させて男性の自殺率は無視。
 本来治安を維持したり社会の構造を護るのが男性の役割なのに、わざわざ男性を始末に掛かっている辺り政府が何処かの国のオーダーで動いているのではないかと疑いたくなるぐらい愚かな政策をしている一方で、人工的な自由を女性に押し付けてそのまま放置している。
 民主主義の怪物と化した現代フェミニストのヒステリーに合わせてヒステリーな微調整をしているだけで、そもそも本来の女性の特性の事なんて本当は見てないんじゃないのか?
 世の中を壊すだけ壊して、男を殺しまくれば世の中良くなるんじゃねーかな?なんてフェミニストと政府が考えているとしたら、それは社会インフラを支えていた知識層を皆殺しにして文明を後退させた毛沢東やポル・ポトとなんら変わらないのではないか?
 
 作家たちもそう。女性の本来の強さ美しさ、しなやかさ強かさ、弱さや醜さを見てないんじゃないのか?