🎃ヨートゥンヘイムの路地裏で・・・щ

沸き上がる愚考と妄執、怨念、劣情にまみれた悪霊達が綴る邪悪でホラーなブログです。👻心のキレイな方も歓迎致します。ただしあなたの魂は徐々に汚れて行きますので自己責任(良い言葉だなあ😈)で御覧下さいヒヒヒヒ・・・・・ヾ(゚д゚)ノ

🐻隠蔽されてきた児童虐待💅

 サヨクにとっては「本当に虐待された子供」の存在は都合が悪く、ウヨクにとっては国内で行われて来た児童虐待の事実自体が都合が悪い。

 海外の奴隷市場で売られている子供達は、嫌な事を嫌だと主張する能力がない。他人にお願い事をするのも助けを求めるのも苦手(というかそういうのは過去に救われた経験のある者でないと出来ない)寧ろ会話自体が下手だ。親もなく迫害者しか周りに居ない環境では、コミュニケーションの訓練を積めるチャンスがないばかりか、社会からは神様に見離された奴隷という人格を押し付けられ大人達の楽しみの為に殴られ蹴られ内蔵に尖った器具や男性器を突っ込まれながら罵られ、「間抜けな自分、因果応報な運命の自分」であると自己紹介を強要され、自我を持つことすら許されなかった為に彼ら彼女らは会話の技術もさることながら、親や社会から愛され祝福されて育った子供と比べて主張したい内容そのものが実はないのだ。つまり奴隷の精神そのもので常に頭の中にあるのは次の瞬間全てが破壊される恐怖。

何故なら物心ついた時から、自己主張すれば必ず拷問されて来たし、例えば性行為を断ったが為に目の前で殺されてしまった子も知ってるから。・・・・かと言って神様にお願い事をすることもない。信仰心があろうがなかろうが、神様は恵まれた子達の味方であり、自分のような汚れた子供を攻撃はすれど助けてはくれないことを経験で知っているから。
人々は奴隷市場で売られている子供達をやもすると、「何か悪いことをして当然の報いを受けている」と考えがちだ。自分が育ってきた当たり前の子供時代と比べて極端に悲惨な状態だからだ。人は衝撃的な状況を目の当たりにすると、普段生きている自分の生活圏の中から材料をチョイスして理由を探してしまうのだ。

多分、ありのままに見てしまったら・・・自分の生活している平和な世界の中に、この世の物とは思えないおぞましい地獄があるなんて考えたら壊れてしまいそうだから。だから、理由を求める。心を安らかに保てる理由を、目の前にいる痣だらけで尻から腸が飛び出てうずくまる汚い少女に唾を吐きかけ、心を安心させたい集団と一緒に、その命からがら売春宿から逃げて来た目の前の子供をゲラゲラ笑いながら他の通行人と蹴り合う。“たぶんコイツは悪いやつなんだ、これは神様のご意志なのだ。そうにちがいない”と。そして蹴り飛ばされた汚い少女もグッタリしながら思う。これは神様のご意志で自分は産まれた時から悪い人間なのだと了解する。

これは実は日本国内でも起きてきたことで、誰も事実を見たがらない。日本の場合は特にテレビ新聞やサヨク団体が虐待される子供は生まれつき問題のある子供が多いと説いてきた歴史もあって一筋縄では行かない。

ここで昔のテレビ新聞やサヨク団体を知らない人々、特に昔は児童虐待や売春させることが半ば合法だった事を知らない人間はこう思うはずだ、「人権団体や社会正義の団体がそんな酷い事をする筈がない❗」と。
 そんな若者に氷河期世代である筆者が良いことを教えてやろう。「人権」や「社会正義」は時代によって中身が変わる。
 つまり今から20年前までの「人権や社会正義」は今の「人権や社会正義」とは似ても似つかない全くの別物。┐(´・c_・` ;)┌
 
 パラダイムシフトのきっかけはバブル崩壊とネットの発達、人権や社会正義を謳ってきたテレビや新聞やサヨクに対する若者の猜疑心(当時のサヨクは今の氷河期世代の事を当時の少年犯罪者と絡めて叩いていた為。)、当時反日だったアメリカへの自民党による奉仕。それらが絶妙に合わさって、それまで正義とされて来たことの綻びが白日の元にさらされるようになった為だ。当時のサヨクやテレビやプロ市民団体、人権派弁護士は半狂乱になって死にかけの、或いは死んでしまった児童をバッシングしたものだ。・・・・・当たり前の話だが、彼らの多くは今で言うパヨ活をしてきたセレブな人々であり、かつて自分達の行ってきた「社会正義」に覚悟や責任感を持っていた訳ではないし、その分野に関してのプロパガンダ本は読んだ事があっても専門的に勉強してきた訳ではなかったのだ。この辺は中世の異端審問会と支持者らが高名な僧侶から間違いを指摘されてから更に行われた証拠隠滅色の強い魔女狩り後半戦に良く似ている。

万が一価値観の変換が起きては「人権と社会正義とアジア的優しさと世界平和」の名のもとに構築されてきた利権組織の存続が危ぶまれるばかりか、嘘をついて多くの女子供の虐殺を手助けしてきた事になり野党議員も含めて責任追及されかねないと考えた為に起きた政治的な判断であると考えられる。

だが2005年頃になると最早、そうやって嘘をつけばつくほど後から新事実が発覚した際に自分達の首を絞めると考え直し

 テレビ新聞やサヨク団体は児童虐待の事実を受け入れる事にした。そして児童虐待の対策を行う段階になると

昔の主張「児童虐待は我儘な子供を懲らしめる為に行われる行為である」→その後の主張「児童虐待は親から子へ連鎖し、虐待を受けた子供は必ず自己主張のつよい犯罪者になる。」
                   と言い回しを変更。

これは同時期に発表したアメリカの研究「親と一緒に兄弟を虐めていた子は、学校で他の生徒を徒党を組んで虐める子に育ち、将来子供が出来れば我が子をも虐めるイジメのプロに育つ」の内容のもじりというか、当時サヨク団体や市民団体が擁護したかった凶悪犯罪者の為にひりだした屁理屈的な理論なのだが、社会的な支援を引き出せると言うことでアカヒ新聞や毎○新聞、テレビやプロ市民などが、この日本特有の謎理論の普及に勤しんだ。当時はまだまだ精神科の知識等持っている人が少なかった他、スマホが無かった時代、インターネットが余り身近な存在で無かった事から情報の競合相手とは見なされず嘘をつき放題だった事、日本人はまだまだ情報を疑うと言う習慣が無かった事が災いし、どんどん既成事実としてこの理論が日本で独り歩きした結果、

数々の屑や犯罪者が社会的支援や無罪を勝ち取る為に「我こそは不遇な幼少期を過ごしてきた不幸の主人公でござい❗」というのが老若男女問わず巷に溢れ人々の同情を引いた。
  世に言う「私は傷ついたブーム」の到来である! 書店にはメンタルヘルス関係の又聞き本(当時はまだ今より情報そのものに値打ちがあった為、正確さよりスピードだった)いわゆるインチキな出版物が所狭しと並べられ、ニートやメンヘラ女、慶應のチャラ男みたいな自己チュー犯罪者がそれらを買い漁り、勉強して演技するようになり社会的な支援を総舐めにする一方で
警察など公的な機関や一般人は、いよいよ「児童虐待された子」に嫌悪感を抱くようになる。

勿論彼らはサヨクが定めた「架空の児童虐待被害者」であって、親から虐待など受けた事はない。本当に虐待を受けた人達は他にいて当時の身分の違い、生まれの違いによる世間の迫害を恐れて自分の境遇がバレないように怯えながらひっそり生きていたものだ。何故なら当時のサヨクは相変わらず「本物の児童虐待を受けた人々の特徴」に対する偏見を公的メディアで流し続けて来たから。

では?本物の児童虐待を受けた人々の特徴とは何か?    


   それはこの章の冒頭でお話した子供達である。アナタの隣には何時でもそんな境遇の人々が身分を隠しながら怯えて生きている。 

  「人権と社会正義とアジア的優しさ&世界平和」の団体に守られヌクヌクしてるアジア的な人々が図々しく嘘をついて権利を主張し、可哀想な私アピールする一方で、正真正銘の人権侵害を受けている人の問題は放置され続けて来たのが日本というパヨク国家なのである。 そして恐らくこれからも変わらない。
今の若者達がこの国が歩んできたサヨクの歴史を知っていれば或いは、将来日本は生まれ変わるやも知れんが、どうも今の老人達により

  この国の90年代~00年代に起きた事を最近テレビやネット工作会社を使いラプラスの箱に封印し、黒歴史としてパラレル扱いしはじめている。

都合の悪い歴史は無かった事にされるのだ。と、言うことは一応あの当時悪いことをしてきた危機感はあるようだなw罪の意識は欠片もない辺り相変わらず自分の痛みには敏感で他人の痛みには鈍感なお坊ちゃん世代だ。

〓田早苗の市松人形

〓田早苗の市松人形

   

本当に虐待を受けて来た子なのかどうかを見分けるのは、とても簡単よ?本当に虐待を受けて来た子達は主張が少なくて、他者の痛みを知っているの。そして大抵は孤立したりイジメられたりしている。イジメている子達に「どうしてその子をイジメるの?」って聞いても、うまく答える事が出来ない場合は

イジメてる子は親と一緒に家庭で兄弟を痛め付ける事が常態化してる子で、別な問題があるわ。

それじゃーねバーイ( v^-゜)♪